「最近、なんとなく頭が休まらない」「常に何かを考えてしまう」――そんな感覚を覚えたことはありませんか?スマートフォンやPC、SNSの通知が絶えず届く現代では、“意識を休める暇がない”状態が日常になりつつあります。
しかし、そんな中でふと訪れる「何も考えずにぼんやりしている時間」には、私たちの心を整える大切な意味があるのです。
約47%の時間は「心ここにあらず」
米ハーバード大学の心理学者マシュー・A. キリングスワースとダニエル・T. ギルバート(2010)は、世界中の人々を対象にスマートフォンを使った意識調査を行いました。その結果、人は平均して1日の約47%の時間、注意が現在の活動以外に向いたことが明らかになりました。
つまり、私たちの意識は一日のほぼ半分の時間、過去や未来、空想の世界へと旅しているのです。
この「心ここにあらず」な状態を心理学ではマインドワンダリング(mind wandering)=心のさまよいと呼びます。かつては「集中できていない」「注意散漫」といった否定的な印象で語られることが多かったのですが、近年の研究ではその見方が変わりつつあります。

ぼんやりの「光と影」
マインドワンダリングには、ポジティブにもネガティブにも働く“両面性”があります。たとえば、過去の失敗や不安な未来を繰り返し考えてしまうと、ストレスや落ち込みが強まり、幸福度を下げてしまうことが分かっています。実際、先のハーバード大学の研究でも、「今この瞬間に意識を向けていないとき、人は概して幸せではない」と結論づけています。
一方で、マインドワンダリングは創造性や自己理解を高める側面もあります。散歩中や入浴中、料理をしているときなど、“軽く注意を向けながら意識を漂わせる”ような状態では、思わぬ発想が生まれることがあります。これは、脳の「デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network)」と呼ばれる領域が活動し、記憶や過去の経験を結びつけ、新しいアイデアや思考の組み合わせを生み出すためだと考えられています。
つまり、マインドワンダリングは一概に“悪いもの”ではなく、思考内容や発生状況、本人の心理状態によって大きく異なります。
「何もしない時間」は脳のリセット時間
脳科学の観点からも、“ぼんやり時間”は脳にとって必要な休息です。常に情報を処理している状態では、脳は疲労をため込みやすく、集中力や意欲が低下します。いわば、スマートフォンでアプリを開き続けているようなもの。少しの間でも「何もしない」ことで、脳は自動的に整理を始め、次の行動へのエネルギーを蓄えることができると考えられています。
たとえば、仕事の合間に窓の外を眺める、帰り道にイヤホンを外して歩く、食事中にスマホを置いて会話を楽しむ――そんな小さな“意識の余白”が、脳のリセットボタンとして働くかもしれません。

「考えすぎ」ではなく、「考える余白」を
現代社会では、“常に何かしていないと落ち着かない”という風潮があります。しかし、何もしない時間を「ムダ」だと決めつけてしまうのはもったいないこと。マインドワンダリングをうまく取り入れることで、私たちは自分の感情や考えをより深く理解し、前向きな気づきを得ることができます。
ぼんやりと過ごすことは怠けることではありません。それは、次の一歩をより確かなものにするための、心の準備時間です。
“考えすぎ”ではなく、“考える余白”を持つこと。
その小さな余白が、日々をしなやかに生きるためのウェルビーイングにつながっていくのかもしれません。
参考文献
・Killingsworth, M. A., & Gilbert, D. T. (2010). A wandering mind is an unhappy mind. Science, 330(6006), 932.A Wandering Mind Is an Unhappy Mind | Science
・Harvard Health Publishing. Secret to brain success: Intelligent cognitive rest. Harvard Medical School, 2017.Secret to brain success: Intelligent cognitive rest – Harvard Health
・Baird, B., Smallwood, J., Mrazek, M. D., Kam, J. W. Y., Franklin, M. S., & Schooler, J. W. (2012). Inspired by distraction: mind wandering facilitates creative incubation. Psychological Science, 23(10), 1117–1122. https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0956797612446024
・Smallwood, J., & Schooler, J. W. (2015). The science of mind wandering: Empirically navigating the stream of consciousness. Annual Review of Psychology, 66, 487–518. The Science of Mind Wandering: Empirically Navigating the Stream of Consciousness | Annual Reviews
