日本の医療は今、大きな転換期を迎えています。長らく「入院中心」だった医療体制は、医療費の増加や高齢化の進行、そして患者のQOL(生活の質)向上を目的に、「地域で支える医療」へと舵を切り始めました。とくに精神科医療においては、長期入院の解消が喫緊の課題とされ、国は「地域移行支援」に力を入れています。入院ではなく、地域の中で、本人らしい暮らしをどう支えていくか—それが今、問われているのです。
しかし、精神疾患を持つ方々が退院後に直面するのは、「暮らしの壁」です。住む場所がない、頼れる人がいない、日中の居場所がない…。病院の外に出た瞬間、広がる“空白”。そこに目を向けたのが、精神科に特化した訪問看護ステーション「セノーテ」です。
「受け皿さえあれば、7万人が地域で暮らせる」—この統計が示すのは可能性です。そして、この事実に突き動かされ、看護師たちが立ち上がりました。セノーテ訪問看護ステーションを運営するFusion株式会社・統括管理責任者の高田修治氏に、その原点にある想いと、地域医療の未来像について伺いました。

すべての始まりは、「これでいいのか?」という問い
実は、もともと税理士になろうと思っていたんです。その道を大きく変えたのは、アルバイトで勤務していた精神科病院での経験でした。
当時の現場は、正直に言えば“楽”な環境でした。しかし、日々患者さまと向き合う中で、ふと胸の奥から問いが湧いてきたんです。「本当に、これでいいのか?」「患者さまの人生にとって、私たちの存在は一体何なのだろう?」その違和感こそが、私を本気で“看護”と向き合わせる原点となりました。
その後、看護師の資格を取得し、現場で臨床経験を積むなかで、その思いは確信と使命感へと変わっていきました。働きながら5年をかけて「認定看護師」の資格を取得、専門性を高めるほどに、目の前の課題がより鮮明に見えてきた気がしました。
衝撃的だった「7万人」という数字。退院後の“空白”を埋めるために。
ターニングポイントとなったのは、『受け皿さえあれば退院できる精神疾患を持つ方が、日本に7万人もいる』この事実を知った時でした。医療の進歩で、多くの方が退院できる状態にあるにもかかわらず、帰る場所がない、頼れる人がいないという理由で、社会から孤立してしまうのです。
病院という「点」での手厚い支援はあっても、退院後の地域生活という「線」を支える仕組みはあまりにも脆弱でした。再入院を繰り返さざるを得ない人々。この構造的な課題、いわば「退院後の空白」を埋めることこそ、自分の使命だと確信しました。

事業の核は、設備じゃない。「人」こそがすべて。
セノーテが何よりも大切にしているもの。それは「人」です。
利用者さまの人生を預かる仕事です。だからこそ、スタッフの採用には一切妥協しません。面接では経験やスキル以上に、『なぜ、この仕事がしたいのか』という一人ひとりの動機や使命感を深く、丁寧に確認します。困難なケースにも逃げずに向き合える、私たちの想いに共鳴してくれる仲間と一緒でなければ、この仕事は続けられません。
また、セノーテの拠点は、「地域ありき」ではありません。「人材ありきで、ステーションを作る」という独自の哲学があります。人を中心とした、この有機的な拡大戦略によって、質の高いケアが着実に全国へと広がっています。
「誰が来ても、いつもの安心を」。“いきた”看護計画がチームの羅針盤
質の高いケアを組織全体で維持するために、セノーテでは「“いきた”看護計画」を大切にしています。担当制を基本としながらも、ケアが属人化してはいけない。そのために、利用者さまの生活歴や価値観、目標、日々の微細な変化までを言語化し、チーム全員で共有する仕組みを作りました。これは単なる手順書ではありません。利用者さまの人生という“物語”を、私たち全員で共有するためのツールが看護計画なのです。この計画があるからこそ、担当者が不在の時でも、他のスタッフが同じ質のケアを提供できる。「誰が来ても、いつもの安心を」。その徹底したこだわりが、利用者との揺るぎない信頼関係の礎となっています。

セノーテ(聖なる泉)が目指す、地域医療のハブという未来
セノーテ(Cenote)とは、聖なる泉。地域で暮らす人々の“渇き”を癒し、生きる力を与える泉でありたいという願いが込められています。
医療のあり方が地域へと広がる中、私たちの役割はますます重要になっています。これは大きなチャンスです。今後は、桜十字グループの一員である強みも活かしながら、若手が着実に成長できる教育プログラムを確立し、業界全体の未来を担う人材を育てていきたいと考えています。
私たちが目指すのは、単なる訪問サービスではありません。精神疾患を持つ方一人ひとりが、地域社会の一員として、その人らしい尊厳ある暮らしを送れるよう伴走する『プロフェッショナル集団』です。これまで築いてきた病院や関係機関との『顔の見える関係』をさらに深め、セノーテがハブとなり、地域全体の精神科医療の質を底上げしていく。地域に不可欠な“聖なる泉”であり続けることを、ここにお約束します。
精神疾患を持つ方々が、安心して「地域で、その人らしく生きていく」ために。セノーテが挑むのは、医療と暮らしのあいだに横たわる“空白”を埋めること。看護の力で、人と人、人と社会をつなぎ直すこと。それは、誰もが居場所と役割をもち、自分らしい人生を歩める「ウェルビーイングな社会」への道のりでもあります。看護の専門性と、人としてのまなざし。その両方を携えたプロフェッショナルたちが、今日も地域という名の現場で、静かにそして力強く、未来を照らしています。
Profile 高田修治氏/精神科認定看護師
看護師として臨床経験を積む傍ら、5年をかけて精神科認定看護師の資格を取得。精神疾患を持つ人々が退院後に直面する課題を解決するため、精神科特化型訪問看護ステーション「セノーテ」を設立。現在は、福岡、沖縄、山口、広島、愛媛、愛知、神奈川、埼玉に拠点を展開し、質の高いケアの提供と人材育成に力を注いでいる。
精神科特化型訪問看護ステーション「セノーテ」HP:https://www.cenote.co.jp/
【出典】
厚生労働省(2004年)『精神保健医療福祉の改革ビジョン』
「受入条件が整えば退院可能な者(約7万人)について、10年後の解消を図ること」と明記。
資料リンク:https://www.mhlw.go.jp/topics/2004/09/dl/tp0902-1a.pdf